昨年末の忘年会~年末年始~新年会・・・とちょっとエンドレスで吞み喰いしてる感あり、、チト身体が重いっす。
今朝は重いついでにちょっと長文失礼。
今朝は重いついでにちょっと長文失礼。


34年前、佐々木少年16歳が吞んだのは今の自分の人生を決めたといっても過言ではない新所沢の鳥よし(だったっけな?)という焼き鳥屋。カウンターでご一緒したのは金子さんという、1981年当時BADSCENEというバンドでボーカルをしていた方。
その日航空公園野外ステージで行われたライブで当時佐々木少年が「お前、唄えよ」ってアフロヘアのハードロック先輩に言われて参加していたマーシャルヘッドっていうバンドで唄っていた僕をその日ゲスト出演してカッチョいいライブを見せつけた金子さんが「お前、ちょっと吞み行くか!」って誘ってくれて、喜んでついて行ったわけです。

当時イキがってはいたものの焼き鳥屋のカウンターなんてもちろん初めて。ましてや憧れのバンドのボーカリストの隣で吞むなんて内心ビビッてる佐々木少年のとなりで金子さんが「おやっさん、ホッピー2ちょね」って焼き場にいるおじさんに注文しました。
ホッピー????
まあ、その辺の所作全部がカッコいいんですよ。
ホッピー????
まあ、その辺の所作全部がカッコいいんですよ。
そしてしばし吞んだ後、金子さんは私に言いました。
「お前の唄にはハートが無いんだよ。」
「お前の唄にはハートが無いんだよ。」
まあ自分で言うのもアレですが16歳でバンドのボーカルに誘ってもらえる位ですから多分高い声は出たんでしょう。そして勢いも良かったんでしょう。自分もそんくらいで有頂天になってたんだと思います。
でも息吹一つ一つにコトバひとつひとつが全部上っ面だったんだと思います。例えばバッドシーンと同じイーストウエスト出身のアナーキーで自分が好きな唄「大人社会に不満を持つ俺達・俺達に不安を持つアイツら」という歌詞を唄うとして逸見さんがこの歌詞を創った背景にある「本当に自分を卑下するオトナが嫌で、自分の振る舞いに対してある種の怖れを持って煙たがってる大人のことがとても嫌」という感情が仲野茂には物凄く理解できていて、それを唄という単に「表現方法」で吐露した、、、それがその当時の佐々木少年には出来なかった。
それからオリジナルを自分のココロで作って唄うようになったんです。言葉ひとつひとつにココロを込めていくには「感情移入」しないと出来ない。そして誰かの作った歌でもその人にキモチになって歌う、そうしないと何だか空虚な感じがしていくようになれました。
唄うことは最近めっきり無くなっちゃったけど、昨年、毎週タクミと一緒に叩いているダンスクラスのドゥンドゥンを叩く際、それまで少し慣れちゃってダレてた自分を戒めて一発一発に「ココロを込めて」叩いたとき物凄い変化を自分で感じたことがあって、そのときに16歳のとき聞いた金子さんの言葉が蘇ってきたのです。
そして昨日、ホッピーでそのことをまた思い出しました。
今日もジェンベ一発一発にココロを込めよう。