5月のバーマンは4月体調不良で不参加だったユーキンも復帰、4月の打ち合わせ段階で「唐揚げ行きます!」って気合を入れていた矢先に熊本であの大地震がおきた。それもでっかいの2発。その後もでかい余震が続いた。
真っ先に熊本の大さんの安否を思った。幸か不幸かフェイスブックで即座に「元気です」と文字では確認できたが、大丈夫なはずが無い。
思い出したのは2006年夏にママディのワークショップをオーガナイズしたとき、ママディは東京に来る前に指を負傷して叩けないという「緊急事態」だった。前年心臓も患い、精神的にも追い込まれていたであろうママディ。そしてこのワークショップはいったいどうなってしまうのだろうか?と僕ら。
そのときメールで「待っとれ!」と一言熊本の大さんから。
なんと全てを放って新幹線で東京まで来てくれたのです。即座です。オリセンで大さんに会ったときのママディの顔は生涯忘れません。不安・焦り・・・曇った表情が一変して明るくなったのです。
「大は僕の親友だ。」
そしてママディと僕らは4日間のワークショップを乗り切ったのです。
その後も東日本大震災~福一メルトダウンの時「子供たちだけでも熊本へ来させませんか?」って本気で避難受け入れを提案してくれた大さん。
今回の熊本の緊急事態に際して「行こう」「行くな」と様々な意向が飛び交う中、真っ先に駆けつけてくれた大さんに身体ひとつで駆けつけるのが本来の筋かとは思いましたが、反対に当初からぼんやりとですが決めていたこと「今出来ないことはやらない。今できることを精一杯する。長く支援する。」でした。もちろん現場は緊急性ある「手」が必要でしょう。しかし押し寄せられた善意が欺瞞にならないように、落ち着いてみようと思いました。
で先日のバーマンは唐揚げ劇場に「酔って貢献!くまモンカクテル」を加えて、僕のように支援したいけどどうして良いやらわからなくなってる人も呑むだけで送金できる、しかもTDFはピンハネせず(笑)全額送金する仕組みにしました。
揺れが半端じゃなく、。自分のお店も壊滅的被害を受けた大さん、しかしある段階からスイッチが入ったのをSNSから感じて全てを大さんに送金することにしました。お金を受けた側の苦痛やプレッシャー、そして「大さんならやってくれるだろう」という周囲の勝手な押しつけにも近い期待、、、、大さんは全部受け止めようとしたことを感じました。
でも無理しないでね、大さん。
時を同じくしてタクミが地震後に熊本へ焼き芋300キロの炊き出しに行った鹿児島のゴヒさんと一緒に熊本人吉からツアーを回ることもあって、お出しするのは熊本人吉の「球磨焼酎」。水割りするは南阿蘇村の天然水の水素水。レモンや梅干しなど付け加えも用意しましたがロックも水割りも素材が美味しすぎてまったく手つかずでした。
そして呑むときはやっぱアレです・・・・
「ワサワサワサワサァァァァァァァァ!!!!!」
皆さん最初は恥ずかしそうでしたが(東京人はこのノリが苦手な方が多い)どんどんボルテージが上がっていきました。ありがとうございました。
ユーキンの唐揚げ劇場も絶品。唐揚げと無垢で呑む米焼酎、、、、意外にもとてもマッチングがよかったです。
ジェンベと熊本、、いや九州は切っても切れない存在。
遠く東京から少しばかりですが「長く」何かしていけたらって思います。